漱石『道草』について

 夏目漱石の作品で最後から二番目の作品が『道草』です。
 ふつう「自伝的色彩の濃い作品」などという評価がなされる作品で、実際その内容は、漱石が結婚後間もないころの出来事を扱っています。
 『こころ』や『明暗』のように、人間存在の根源を捉えた作品という評価よりも、漱石の自伝的な作品と評価される『道草』ですが、読んでみたらとても印象深い作品でした。
 作品の基調には健三という知的職業に就いている主人公とその妻との神経戦が繰り広げられる結婚生活があります。健三は妻に事細かな神経質な要求をしたり、有言無言の非難を始終放っています。
 これに対して、妻もヒステリーという強力な武器で応戦するのです。ある段階までは妻は健三の非難に耐えますが、ある一線を超えると妻のヒステリーは健三の攻撃を一切無力にします。
 また、健三には兄と姉がおり、どちらも一癖も二癖もあるもある人物として描かれています。
 兄は人生に疲れた小官吏で、健三が英国留学中に着用していた古びたコートをもらって欣喜雀躍します。姉は人がよい人間の典型ですが、いつも夫の口車に載せられて損ばかりしています。姉の持病は喘息でそれも長い時は何日も呼吸困難な苦しい容態に陥りますが、それを見ている姉の夫は実に冷酷でほとんど同情しないで自分の体面と損得ばかり気にする男です。
 また、妻の父は時流にのり損なった元官僚で、鉱山開発の投機に失敗して、借金地獄と自転車操業の生活に陥っています。健三にまで借金の保証人になってくれと頼みにくる始末で、もはや以前の矜持を失い完全にモラルハザードを起こしています。
 そして、健三自身が子供の頃数年間養子にだされた先の養父に似た人物を散歩中に見かけるところからこの『道草』という作品が始まります。
 健三は、漱石自身がそうであったように、家が経済的に困窮していたわけではないのに、幼児期に父の使用人の家に養子に出されます。養父とその妻は健三にしたい放題の贅沢をさせます。しかし、それは子供を愛していたからではなく、成人後に健三が養父母の面倒を見てくれるという約束と引換の贅沢三昧でした。幼いながらも健三はそのことを見抜いています。
 養父母はのちに離婚したり、養父が他の女にうつつを抜かしすのを見て嫉妬を感じた養母が健三をさらに自分のもとに固く結びつけようとしたり、ある意味毎日が修羅場の家庭で健三は幼児期を過ごしますが、結局のところ、健三は実家に戻され、父親も愛情からではないですが、養父に健三との縁を切ったという証文を書かせ、引換に金銭を元使用人の養父に与えます。健三が成人後に養父とのあいだに揉め事が起こるのを防ぐためです。
 その養父に似た人物を成人し結婚生活をしている健三は根津神社の近くの坂道で見かけるのです。
 それはとても恐怖に似た体験でした。読んでいる私もその恐怖を感じました。
 文字通り、幽霊が蘇ってきたような恐怖です。
 健三の見当違いではなく、実際、それからしばらくして健三の元養父は健三に接触してきます。
 最初はただのあいさつのため。しかし、次第に金銭を要求するようになります。
 健三はそれを無下に断ることができません。
 いわばズルズルと要求を飲んでいくのです。要求が飲まれると元養父はもっと大きな要求をするようになります。
 健三は何も言わない妻に最後は必ず断るからと勇ましいことを言います。実際、元養父から何を要求されても、健三の養育費等はすでに健三の父が支払っているのですから、そこには法的な責任は全くないのです。健が不安や恐怖や負い目を感じる法的な理由はありません。
 しかし、健三はその人が家に来ることに怯え恐怖を感じます。そして来られたら断ることのできない自分を発見するのです。
 小説では最後に、元養父が「これだけの生活をしているのだからもっと出してもいいじゃないか」と啖呵をきる場面があります。こんなはした金で満足させられると思うのかと元養子に向かって叫ぶのです。
 健三はやっとのことで大人の意識で元養父に「あなたにあげる金はない」と当たり前のことを言うことができました。
 
 『道草』は自伝的な作品ということで、実際の漱石が養子のやられていたこととその後の養父との顛末を描いているのですが、漱石の父は庄屋の家系で家は帯刀を許されるほどの裕福で実力のあるものだったのですが、明治維新の嵐の中で、精神的に少しおかしくなっていたのかもしれないと評者は述べています。その影響で漱石すなわち金之助にはなんら愛情を感じなかったそうです。漱石はもっと小さな赤ん坊のときにもある小さなお店をやっている夫婦のところに養子にやられていたそうです。しかし、赤ん坊の漱石はいつも店頭に商品と一緒に置きっぱなしにされているのを姉が見るに見かねて連れて帰ってきたそうです。ですから『道草』の中の養子縁組は二度目のことだったことになります。
 幼い漱石にとって親の愛情は無いに等しかったのでしょう。それだけに、いくら偽物で不純な動機に満ちていようと、養父母から受けた待遇にすがらざるを得なかったのではないかと思います。
 成人後に養父に面会するときの健三の不安や恐怖は、この幼い頃に健三のこころの中にあった無条件の愛情への要求に基づいているのではないかと思います。つまり養父に面会するともはや健三は知的職業に就いている社会人ではなく幼い男の子に豹変してしまうのでしょう。そのとき養父は幼い男の子に戻っている健三に「どれだけ我々がお前に愛情を注いだと思っているのか」という圧力をかけてくるので、そこに健三の不安の原因があるのではないかと思います。
 養父はまた養父で、人を介して非常に尤もな要求を伝えたり、変に儀礼的になったかと思えば逆にざっくばらんな態度に出たりと健三にこころを休ませる暇を与えません。
 表面は儀礼的に社会の通念を守っているように見え、いつも内心の要求が見え透くような態度をちらちら見せます。そこが健三の不安の増大する種になるのです。
 こんなふうに『道草』は、読んでいると、非常にお腹の具合が悪くなるような作品でいつもジリジリしてしまいました。親というものに対するアンビバレント(二律背反)な感情を刺激されるように感じるのです。
 それだけではありません。
 健三の妻が予定日よりも早く産気づき、産婆さんが来る前に出産するシーンはとても忘れられません。
 暗闇の中、健三はそのヌルヌルしたものを手でつかみ、どうすることもできないので、手近にあった脱脂綿でとにかくぐるぐる巻きにするシーンがあります。
 生まれて間もない赤ん坊を直接対峙するのです。
 このシーンを読んでいると、突然人生の奈落の底に落とされたようなきがします。
 漱石の作品には平凡な調子から突如地獄がその口を開けるシーンがよくあります。ここもそのひとつです。
 
 漱石は、胃潰瘍で大量の血を吐いたあと、ある夢を見たことを日記に記しています。それは、ある人がどこそこのうんど屋で食べたうどんがとてもおいしかったという夢です。
 『道草』はその太出血で死線をさまよったあとに書かれたものだけに、生きることの条件が限界まで描かれていると思います。