心の状態と呼吸
心理学者ユングはコンプレックスの実験について報告しています。100個の単語を被験者に伝え、それらの語について連想する言葉を言ってもらうという方法です。同じ100個の単語を二度繰り返し、一度目と二度目のとき連想されたものが異なっていたり、連想される言葉がでるまで異常に時間がかかったり通常ではない連想語がでた単語にチェックをいれていくと、被験者の抱えるコンプレックスが自ずと全体像を現してくるというものです。
この実験によって、ユングは何人かの患者や被験者の心の中で無意識の中に抑圧されている経験を言い当てています。
たとえば、ある既婚女性は「青い」「ナイフ」などに強い反応を示しました。ユングはここからその女性が自分の子供を死なせたことを突き止めました。いや正確に言うと「殺した」ことを突き止めました。
女性の話では、本当は自分が好きだった男性は高嶺の花なので、しかたなく周囲の人々が勧める他の男性と結婚し、二人の子供をもうけたのだそうです。ところがあるとき、知人からこの高嶺の花と思い込んでいて自分にも見向きもしないと思っていた男性は、その女性が結婚したことに絶望し外遊してしまったのだと真相を聞かされます。それを聞いたあと、彼女が住んでいる街ではある伝染病が流行していて風呂の水もそのウィルスに汚染されていることを知りながら、二人の子供を風呂にいれてやっているとき子供たちが風呂の水をコップで飲んでいるのを黙認しその結果、片方の子供を死なせてしまったのでした。
彼女は、風呂の水が伝染病のウィルスに汚染されているかもしれないということを知っていて、子供がその水を飲んでいるというのを目撃しているにもかかわらず、自分が子供を殺したのだという認識には至りませんでした。この自分の下した行為を認識できない結果彼女は精神病になってしまったのです。ユングによれば、自分の罪を背負うことで精神病が癒されると考えました。
ところで、このような意識されないコンプレックスを抱えているとき、ユングの実験では、呼吸の仕方に異常が見られることにユングは気づいていました。
自覚されているコンプレックスの場合にも見られるのですが、自覚されないコンプレックスの場合にはもっと激しく呼吸が変化するのです。端的に言えば、呼吸はコンプレックスに触れられるとき非常に短くなるということです。
これは私たちの日常でもよくあることです。嫌なこと、しかも自分でも直面したくない嫌なことに向きあうはめになるとき私たちの呼吸は短くなり、ひどい場合には喘息や呼吸困難に陥ります。
いわば浅い呼吸になって、落ち着いているときの深い呼吸は望むべくもないわけです。
喘息の場合には、息それ自体ができなくなるので、数十秒間実際に呼吸停止になってしまうこともあります。呼吸したいのに、呼吸できない状態になるのです。
これは私だけのことなのかもしれませんが、じつは私も喘息の持病があって、ときどき薬のお世話になっています。でも、だいたい喘息の症状だ出るときは自分が聞きたくないことを言われたときや言いたいことがあるのに言えないときなどに多いようです。
聞きたくないことを聞かされたときに喘息になるということで、不思議だなと思うことがあります。それは私が耳のそうじをしていたとき、どうしたわけか左耳をみみかきでそうじしようとして左耳の中にみみかきをいれるだけで咳が止まらなくなるのです。耳鼻科というように呼吸器と耳は身体上でこかで繋がっているわけで、その耳から自分が聞きたくな情報が入るときに呼吸器のほうが喘息の反応を引き起こすので、単に心の問題だけではないような気がします。身体それ自体が耳と呼吸器を関連付けているようです。
ですから、喘息はコンプレックスが外に現れないための手段となっていることがわかります。つまり自分で見なくてはならない自分の暗い部分を喘息を引き起こすことで自分自身に見せないように仕組んでいるように思います。
同時に、このコンプレックスにこれ以上触れないでくれと喘息に陥っている自分を魅せつけることで他者にブレーキをかけさせる手段にもなっています。
ただ、喘息それ自体は重篤になると命取りになるくらいの呼吸困難に陥らせるので、コンプレックスに触れられたくないのは自分の命以上の重大事なのかもしれません。
よく漫画や映画などで爆弾や地雷の在り処をシグナルで知らせる機械など登場します。喘息はそれと同じような機能を持っているのかもしれません。
喘息を患い続けるのはやはり本人にとってもつらいことなので、薬などで処方することはもちろん、その真の原因である心の中のコンプレックスに本人が真正面から向き合えるようになることがなにより大切です。
最初に述べたユングの患者の女性の場合のように、病と癒しは単純な関係ではないのです。精神病が癒される代わりに罪の意識を背負わねばならないように、喘息の場合にも、喘息が癒されるためにはその代償が必要なのではないでしょうか。